ストリートミーティング/山村武彦
★行政の知らせる努力、住民の知る努力
 2003年6月29日に広島市や呉市で発生した集中豪雨で土砂災害が325件、死者24名という甚大な被害を出した。それを契機にハードだけでなく、危険区域を定め住民に周知し円滑避難を進めるためのソフト面にも重点を置くことを念頭に「土砂災害防止法」が制定されました。2005年4月同法施行時のキャッチフレーズは「行政の知らせる努力、住民の知る努力」です。ここで言う「知らせる」「知る」対象として主に地域の危険度、自宅の危険度のことを言っています。しかし、伊豆大島土砂災害(2013年)や広島市土砂災害(2014年)の例を待つまでもなく、被災地でインタビューしてみると「住んでいる地域がそんなに危険だとは知らなかった」とか「過去にも大規模土砂災害があった場所だったとは・・・」というように、自分が住んでいる地域の危険度を知らない人も多い。中には土砂災害の危険度が極めて高い「土砂災害特別警戒区域」に指定されていた区域でも、指定されていたことやその危険度が約40%程度しか認知されていないところもあった。いかに地域危険度を住民に周知徹底することが難しいかを物語っています。防災マップ・ハザードマップを配布し、注意喚起ポスターやチラシを配っても一部の住民にだけしか理解され無いのが現実で。そうした印刷物だけで住民たちにそこにあるリスク(危機)とその場所に合った対応策について知ってもらうことはできません。そこで、私が提唱しているのが「ストリートミーティング」のすすめです。

★真実と教訓は現場にあり
 ストリートミーティング。それは2009年にオーストラリアの大規模森林火災の現地調査に行って学んだことです。ヴィクトリア州で2009年2月7日(土)から発生した大規模森林火災(Bush Fire)は、死者200人以上、焼失面積約40万ヘクタール(東京都の約2倍)、焼失住宅約1000棟、避難住民約7500人というオーストラリア史上最悪の森林火災災害となり、ブラックサタデーと呼ばれるようになります。

 現地では100年に1度といわれる記録的な干ばつ、熱波(40℃〜46.5℃)、異常乾燥(湿度5%)、加えて強風などの悪条件が重なったことが被害を大きくした要因でした。その上、干ばつが長引き(10月ごろからまとまった雨が降っていない)病虫害を招いていて、枯木、倒木、降り積もった油を含む乾燥したユーカリ樹皮、病葉(わくらば)など森林はどこも可燃物貯蔵所となっていました。これらにいったん火がつくと高温(推定400〜1400℃)となり、たちまち激しく大規模な上昇気流が生まれます。そこへまた新しい空気層が流れ込む対流により火災旋風が巻き起こり延焼拡大、飛び火(Spotting)していったものと推定されています。ユーカリの葉の芯は硬く、いったん火がつくと中々消えず「火種を保持したまま空中高く吹き上げられ、風に乗って数キロも離れた場所へ次々に火の玉(ファイアーボール)、火の粉(スポットファイアー)となって落下していった」と関係者はいってました。熱波(46℃)に見舞われていた森林に落下したスポットファイヤーは、一気に炎上し猛スピードで広がっていったのです。車で避難した人たちは猛烈な勢いで迫る猛火に逃げ道を失い、車ごと犠牲になった人も多かったと推定されています。
 もし、日本で200人以上もの犠牲者を出す災害が発生すれば、遺族やマスメディアから行政対応などへの批判が高まるのが普通です。しかし、驚いたことに遺族もメディアからもそうした批判めいた話がほとんど聞かれませんでした。というよりそれぞれが口にしたのは「災害対応は原則自己責任」というフレーズです。つまり、自分や家族の命は自分で守るということであり、災害発生時は自分でしか守れないという意味でもあります。そして、行政対応などへの批判がないのは、地元の自治体や防災関係者がかなりきめ細かい「知らせる努力」をしていたからなのです。それがストリートミーティングです。


事前に地域を歩いて回り、町内会、自主防災会、消防団警察署、市役所、県、国の出先機関などが、危険と思われる地域のリスクと避難についてきめ細かく討論し、その結果を住民たちに広く知らせていく。リスクは地域ごとに違いまた災害ごとに対応が異なる。
例えば水害時の避難場所と地震発生時の避難場所や避難経路の安全について、自分たちの隣近所と専門家が一体となって考えて、対策を取ることが極めて大切。

★ストリートミーティング
 日本とは赤道をはさんで地球の反対側にあるオーストラリアの季節は日本と真逆で、12月から2月が夏季となります。この季節は地域によっては洪水やサイクロン被害があるが南東部のヴィクトリア州の12月から2月は熱波、干ばつ、山火事のシーズンに入ります。この乾季は落雷などによる自然発火又はたき火の不始末、放火など各地で山火事が多発するのです。
では、この災害対策として地元の行政が何をしているかを調査して回りました。オーストラリアでは春から夏にかけて空気が乾燥するため、トータル・ファイアー・バン(Total fire ban・屋外火気使用禁止令)が出されます。地域によって3レベルの規制が行われ山火事厳戒態勢に入るのです。そして、こうした山火事シーズン前の10月〜1月にかけて各地で山火事対策のための街角ミーティングが開かれます。つまり、山火事シーズン前になると、地域の防災担当職員、消防職員、警察職員、フォレストレンジャーなどがチームを組んで山火事の危険区域に連日入ってストリートミーティング(住民説明会)を実施するのです。極めて広い地域のため、実際にはいくつかのチームが手分けして実施するそうです。
 私はこのストリートミーティングを日本でも実施すべきだと思いました。「行政の知らせる努力」「住民の知る努力」と言っても、前述したようにハザードマップなどのパンフレット、広報、回覧などの印刷物での周知でしかありません。地域によって、各家によって危険度はすべて異なるし、家族構成や建物の構造によっても「屋内安全確保」なのか「立ち退き避難」なのかを災害ごとに指導する必要があります。まずは私がアドバイスさせていただいている自治体(沼津市など)で実施してみました。
 従来、防災セミナーというのは広い範囲から住民を集め、一般的な最大公約数の話をしてきました。しかし、そこに集まる人たちはいつも自主防災組織の方や、町会・自治会役員など、役目として出席するか防災に関心の高い人だけです。問題はそうした防災セミナーに参加しない人たちの意識啓発であり、その人たちの地域や自分の家の危険度の認知が必要なのです。そこで、行政区ごとに私と防災関係者たちが土砂災害危険区域や津波防災警戒区域などに出かけて行ってストリートミーティング(防災アドバイザーとの意見交換会)を開催してみました。すると今まで防災セミナーにも参加しない人が、自分の家の危険度や避難ルートなどの話を真剣に聴いてくれるのです。また、質問もその地域に合った具体的な心配事を飾らない言葉でぶつけてきます。その都度アンケート調査をしてセミナーに対する意見を聴くと、極めて好評でした。そして身近な疑問や意見を積極的に発言してくれることに感動すら覚えます。これからの防災行政は、形式的な紙ベースの一般論ではなく、その地域、その家のリスクと対策についてこちらから出向いて知らせる努力をしてほしいものです。必要なのは防災民度を上げるための草の根活動ではないでしょうか。私はそうした背伸びせず現実を見据えた実践的防災を「スマート防災」と名付けました。詳細は拙著「スマート防災」をご参照願います。

2018年3月11日沼津市第四区/津波災害ストリートミーティング
ストリートミーティングでは私の防災講話(30分程度)も行われました

「災害から命を守る準備と行動・スマート防災」山村武彦著(ぎょうせい)
はじめに、身の丈に合ったスマート防災
第1章 防災はおとこ(漢)のロマン
第2章 スマート防災訓練
第3章 スマート地域防災
第4章 自治体のスマート防災
第5章 個人と組織のスマート防災
第6章 企業のスマート防災
第7章 ドローンで防災革命
第8章 先人の知恵「災害を忘れないための四つの物語」

防災システム研究所山村武彦プロフィール阪神・淡路大震災東日本大震災災害現地調査写真レポート

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