東日本大震災阪神・淡路大震災防災システム研究所現地調査写真レポート

2016年台風10号/岩手県岩泉町水害
現地調査写真レポート:文・写真/山村武彦



熊谷さん(70代)の家(上の写真)は濁流で損壊
 自宅(上の写真)は損壊するも熊谷さんは早目に避難して助かった
家族は別に暮らしていて無事
娘さんが書道でもらったトロフィーが泥の中から見つかった


 






高齢者グループホーム楽ん楽ん(らんらん)/木造平屋建て
後ろの建物は介護老人福祉施設/鉄筋コンクリート3階建て

介護老人福祉施設も1階が浸水、2階以上に避難して入所者は無事

台風10号に伴う大雨で岩手県岩泉町の高齢者グループホーム楽ん楽ん
入所者9名が洪水被害で死亡。痛ましい限りである。

入所者9名が犠牲になった高齢者グループホーム「楽ん楽ん」
台風10号による大雨ですぐ近くの小本川(おもとがわ)が氾濫
1階平屋建ての施設・天井まで濁流が襲った
楽ん楽んの内部

 
小本川には堤防らしい堤防はなかった
過去、これほどの大雨・洪水を経験してこなかったことを物語る 
 
楽ん楽んと介護老人福祉施設はまるで河川敷に建っているように見える
★高齢者保健福祉施設は安全な立地?
 認知症高齢者グループホーム「楽ん楽ん(らんらん)」の運営母体は、社団医療法人緑川会(理事長伊藤昭治)。緑川会の岩泉町における主要施設は「介護老人保健施設フレンドリー岩泉」で、2000年4月17日開設・入所定員85名・通所定員20名。楽ん楽んは入所定員9名。同医療法人はほかにも岩手県宮古市の「介護老人保健施設ほほえみの里」、岩手県下閉伊郡山田町の「介護老人保健施設さくら山」を運営している。こうした施設は介護保険の始まった2000年の開設が多い。それは「ゴールドプラン」及び「ゴールドプラン21」が背中を押したとされる。
 1989年、当時の厚生省は急速な高齢化に危機感を持ち、早急に対処すべく「高齢者保健福祉10ヵ年戦略」(通称ゴールドプラン)を制定する。ゴールドプランでは今後不足する高齢者保健福祉施設の「施設対策推進十か年事業」として、
(1)特別養護老人ホーム24万床
(2)老人保健施設28万床
(3)ケアハウス10万人
(4)過疎高齢者生活福祉センター400ヶ所
の増設を目標として緊急整備を図ることになる。その受け皿として老人保健法に基づく「市町村老人保健福祉計画」の制定と相まって都道府県や市町村による積極推進が図られていく。その結果、特別養護老人ホーム24万床の目標に対して、約10年間で36万床が開設された。
 各市町村はゴールドプランのバスに乗り遅れてはならじと、隣接自治体と競争するように高齢者保健福祉施設等の誘致を積極的に進めた。中には設置場所のあっせんや助成措置などの好条件を示し短期間の誘致開設を目指す所もあった。その結果、多くの施設が町の中心部から離れた辺鄙な場所に建設されていく。その場所は山間地等が多く、土砂災害や洪水災害が発生するとこうした福祉施設が被災することになる。これまでも防府豪雨災害(2009年)・「特別養護老人ホームライフケア高砂」で7名の犠牲者を出し、奄美豪雨災害(2010年)・「高齢者グループホームわだつみ苑」で2名の犠牲者を出している。
 高齢者や認知症の入所者は、緊急時の迅速避難は極めて困難にもかかわらず、決して安全とは言えない場所に施設が立地している。楽ん楽んは小本川に近接した場所で、しかも洪水から身を守ることが難しい平屋建てであった。今後、悲劇を繰り返さないために、高齢者保健福祉施設は「逃げる防災だけではなく、安全な場所に住む防災」を目指すべきではなかろうか。

 高齢者グループホーム楽ん楽んを運営する社団医療法人緑川会・佐藤弘明常務理事
「9時ごろ町から『避難準備情報』が出されていたことは知っていた」「でもそれが災害時要援護者の避難開始を意味するとは知らなかった」「避難マニュアルはなく、避難訓練もしていなかった」という。佐藤氏自身も流されたが、付近の住民に助けられた。 

 避難準備情報とは・・と
説明しないと理解されない言葉(避難準備情報)は再考すべき


岩泉町は8月30日9時に全域に「避難準備情報」発令
午後から以前浸水したことのある安家地区など2地域にに避難勧告発令
楽ん楽んのある乙茂地区に町は避難勧告を出していない

 小本川の観測地点は乙茂地区から約4km下流の赤鹿橋水位観測所
 岩泉町の地域防災計画に定める避難判断基準は、県が設置している小本川の水位計が「氾濫注意水位」の2.5mを超え、今後も80mmを超える雨量が予想される場合に避難勧告が発令される。
30日17時2.38m、18時3.17m、19時5.10mと川岸の高さを超えた18時に発令基準に達したことを町の担当者は確認していたが、「あちこちから被害の連絡があり、対応に人手を取られた。夕方になって暗くなったため避難勧告を出すとかえって危険と判断し出さなかった」という。そのころ楽ん楽んでは、17時半に浸水が始まり、あっという間に腰の高さになったという。楽ん楽んの乙茂地区に限って言えば、18時に避難勧告が出されても、すでに避難不能だったと推定される。

 明治6年、日本政府が招請したオランダの技師ヨハネス・レーケは、富山の常願寺川を見て、「これは川ではない、滝だ」と喝破した。山間部と海との距離が短いため、日本では山間地や流域に降った雨水が短時間に河川に流入する。
洪水現場ではいつも「あっという間に水没(浸水)した」という言葉を聞く。流れ込んだ後の河川の水位で避難情報や警報を出しても間に合わない事を強く示唆する言葉である。
 今後は河川流入前に降雨量を面で計測し、積算雨量等を加味した警報発表等、少しでも早い段階で避難情報が発令できる仕組みとすべきではないか。現在も衛星データやレーダー観測が併用されているが、雨量観測の主力はアメダス。現在アメダスの観測所は全国で1300ヶ所、平均17匯擁に1基。これだけでは精度の高い流域雨量を判断することは難しい。しかし、方法がないわけではない。
 例えば、群馬県などが採用している「超高密度気象観測システム」であれば、2劵瓮奪轡紊婆嵳紊契催戮旅發ぬ未旅澑量も観測できる。設置も容易でリース料は1か月15000円と廉価。「点」のデータだけなく、精度の高い「面」の降雨データが得られれば迅速な避難勧告が期待できる。これはひとつの提案でしかない。しかし、被害が出てから警報や避難情報の遅れを非難しても失われた命は戻らない。「あっという間に水没(浸水)した」という同じ言葉や悲劇を二度と繰り返さないためにも、責任より原因を追究し危険の迅速察知、迅速避難の仕組みを早く構築すべきではないだろうか。


流木の向きを見ると、川(右側)の流れが一部向きを変え
まっすぐ介護施設(道路側)に向かっていったように見える


 


介護老人福祉施設の1階も天井まで濁流が蹂躙

 


 

 孤立状態となった岩泉町安家(あっか)地区
 今回の被災地では、3日経過しても携帯・スマホが使用不能だった。(一部通じたのはdocomoだけ)。日本一面積の広い町岩泉町は、山間地に集落が点在している。生活道路の損壊などの物理的孤立と情報孤立が重なったことで孤立地帯が多かったものと思われる。万一に備え、今後は拠点ごとに衛星携帯電話設置など情報孤立を防ぐ手立てを構築する必要がある。

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