ビルマ(ミャンマー)・サイクロン災害(2008年5月)

犠牲者のご冥福と、被災者に心からお見舞い申し上げます
山村武彦

☆死者は10万人を超える?
 ベンガル湾(インド・Chennai東方550Km付近)で発生した熱帯低気圧は2008年4月28日、発達して「サイクロン・NARGIS・ナルギス」となった。サイクロン・ナルギスは30日まで消長を繰り返しいったんは衰えるかに見えたが、5月1日午後から急激に回復し上陸直前の気圧は962ヘクトパスカルと、一気に大型の猛烈サイクロンに発達していった。2008年5月2日18時30分(日本時間同21時)ごろ、ラングーン(ヤンゴン)から約220Kmのイラワジ(エーヤワディ・Ayeyawady)河口付近(エーヤワディ管区)に上陸。ナルギスはその後2日かけてエーヤワディ管区、ヤンゴン管区、カイン(カレン)州などを蹂躙しながら、高波と暴風で甚大な被害をもたらせタイ国境に抜けた。最大風速51m/s〜61m/sと推定される暴風と、12フィート(約3.6m)の高波が低地帯を襲った。国営放送は5月7日、死者22,464人、行方不明41,000人を確認したと伝えた。
 旧首都ラングーンから90Kmのイラワジ河口デルタ地帯に位置するボガレイ地区(人口19万人)は、約30Kmにわたり95%の家屋が全壊・流失、ボガレイだけで10,000人以上が犠牲となったという。電話、電気、水道、インターネットなどのインフラが断絶していることと、アンダマン海に点在する島々の被害が次第に明らかになるにつれ、犠牲者数はさらに増える可能性がある。8日、ピラッサ駐ビルマ(ミャンマー)米代理大使は7日電話会見し「死者は最終的に10万人を超えるおそれもある」と述べ、国連人道問題調整事務所(OCHA)も11日、死者・行方不明者が計32万人に達し、うち死者は最大約10万2千人、行方不明者は22万人になるという推計を発表している。
被災地(ボガレイ)入りしたCNNテレビによると、ラングーンからの道路は寸断され、陸路の通行は困難という。ボガレイで生き残った人たちも食料と飲料水が枯渇している模様。日本の外務省によると、ビルマ(ミャンマー)の在留邦人は日系企業や国際協力機構(JAICA)関係者ら約618人だが、5日現在被害の報告は入っていないという。
 ミャンマーでこの100年間で発生した自然災害は、1926年5月19日のサイクロンで死者2700人、1968年5月10日のサイクロンで死者1070人を出した以降、サイクロンが襲ってもこれほどの被害ははじめて。2008年5月のサイクロン・ナルギスはビルマ(ミャンマー)史上最悪の自然災害となった。
☆被害を大きくした要因として考えられること
@近年ビルマ(ミャンマー)はサイクロン災害が少なかったため、官民の防災意識が低くかったこと
A防災インフラ(堤防、シェルター、警報システムなど)が未整備だったこと
B政府関係機関からのサイクロン情報(危険性)が適切に住民に伝達されていなかったこと
C政府から住民に避難命令などが出されなかったこと
D防風・防波の役割を果たしていた、マングローブ樹林の激減で高波が町を直撃したこと
E貧困層の多くが低地帯にニッパ椰子、竹、トタンなどで葺いた簡易住宅で、3.6mの高波に耐えられなかったこと
F高波で流された被災者に対する救出救護態勢が遅れたこと
 隣国バングラデッシュはサイクロンで1970年に50万人、1991年に143,000人、昨年も3000人の死者を出している。頻繁にサイクロンに襲われてきたバングラディッシュでは、国連などの援助を受けながら「警報システム」の整備、住民が避難するコンクリート製「サイクロンシェルター」の建設が進んでいる(大小あわせて約2000箇所といわれる)。隣国ほどサイクロン被害を出していなかったビルマ(ミャンマー)にはそうした備えも対策もなかった。
 世界気象機関(WMO)から、地域サイクロン観測権限を与えられているインド気象局・ヤダブ広報担当は、「4月末からベンガル湾でサイクロンの発達危険情報と警報を延べ41回出し、ビルマ(ミャンマー)にも繰り返し伝えてきた。住民避難などの予防措置をとる時間は十分あった」とミャンマー政府の対応を非難した。防災インフラ未整備と合わせて、政府によるサイクロン情報(警報)伝達の遅れが被害を大きくしたとも考えられる。
 また、行方不明者や犠牲者の多くが高波によって流されたと推定されているが、要因の一つと私が考えるのはマングローブ樹林の変化である。ビルマ(ミャンマー)最大のイラワジ川をはじめ、シトン(Sittaung)川、タンルウィン(Tanlwin)川、サルウィーン(Salween)川などが、いくつも支流に分かれそれぞれが蛇行しながらベンガル湾にそそいでいる。川の両岸というよりデルタ一帯が昔から20万ヘクタール以上といわれる豊かなマングローブ樹林で知られていた。しかし近年、人口の急増、エビの養殖、開発などで伐採、海岸線の後退などが重なり、マングローブ樹林が激減していると聞く。マングローブは高さ十数メートのものもあり、密集して暴風や高波から町と人を守る役割を果たしてきた。その激減が今回の災害を大きくした要因の一つと考えるのは自然である。しかし、それはあくまで推測でしかない。これだけの犠牲を出した以上、被災者救援と共に災害要因を客観的に検証し再発防止対策の検討を行うべきである。
☆感染症・伝染病
 イラワジ河口両岸デルタ地帯における人口は約600万人、そのうち約100万人から150万人が家を失ったと推定されている。AFPは「水田には多くの遺体がころがっている。生存者は猛暑の中、水や食料を求めている」と伝え、CNNテレビは「高波が来て、みんな木の下敷きになった。泣きながら、家族の遺体を捜しまわる人を見た。村で生き残ったのは6人だけ。40人の遺体を見た」と被災者のコメントを紹介した。
 私は、これまでモンスーン地帯のサイクロン、洪水、地震災害などを見てきたが、水不足、食料不足が続くと被災地の衛生状態は急激に悪化する。コレラ、デング熱などの感染症による下痢、嘔吐、発熱で脱水症状を引き起こし、高齢者や乳幼児などの体力のないものほど死に至ることが多い。大規模水害直後、直ちに取りかからなければならないのは、大量の人員を投入して清潔な水食料の補給と同時に、面で行う洗浄と消毒である。とくにビルマ(ミャンマー)のマラリア発症人口は年間70万人から80万人といわれる。ベンガルデルタ地帯に行くたびに私も猛烈な蚊の戦隊襲来に遭遇してきた。救援物資に蚊帳、蚊取り線香、マラリア対応医薬品などを入れるなど、蚊が媒介する伝染病予防対策は焦眉の急である。ビルマ(ミャンマー)政府は、人命尊重を最優先して各国の善意と救援隊を直ちに受け入れると共に、国を挙げて被災者救援・生活再建支援に取り組まなければ災害後の関連死増大が懸念される。


 
 ビルマ(ミャンマー連邦・Union of Myanmar)・人口:5,322万人・首都:ネービードー・宗教:仏教(90%)、キリスト教、回教・政体:軍事独裁(暫定政府)・国会:1988年9月クーデターにより解散(1990年5月に総選挙実施するも国会は召集されていない)・元首:タン・シュエ国家平和開発評議会議長・首相:テイン・セイン、外相:ニャン・ウィン

 1988年、全国的な民主化要求デモにより26年間続いた社会主義政権は崩壊したが、国軍がデモを鎮圧し国家法秩序回復評議会(SLORC)を組織し政権を掌握した(1997年、SLORCは国家平和開発評議会(SPDC)に改組)
1990年には総選挙が実施され、アウン・サン・スーチー女史が率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝したものの、政府は民生移管のための堅固な憲法が必要であるとして政権移譲を行わなかった。
総選挙以降、現在に至るまで政府側がスーチー女史に自宅軟禁措置を課す一方で、同女史は政府を激しく非難するなど両者の対立が続いてきた。2003年5月には、スーチー女史は政府当局に拘束され、同年9月以降自宅軟禁下に置かれている。
 2003年8月、国民会議が約8年ぶりに開かれ当時のキン・ニュン首相(当時)が民主化に向けた7段階のロードマップを発表し、継続的に審議されている。2005年11月7日、ミャンマー政府は首都機能をヤンゴンからビンナマ県(ヤンゴン北方約300Km)に移転すると発表。2006年3月までに政府機関は概ね移転を終了し、首都はネービードー市と命名された。2007年9月、全国的な僧侶のデモが発生、治安当局による制圧で、邦人1人を含む多数の死傷者を出した。
 2008年2月、ミャンマー政府は同年5月10日に新憲法承認のための国民投票を、2010年中に総選挙を実施する旨発表。国民投票について、国際世論は被災者救援を優先し国民投票は延期すべしの声が強かったが、サイクロン災害被災地(ヤンゴン管区40町区・アヤディ管区7町区)を除き、5月10日に予定通り実施した。全国18歳以上の有権者は推定2700万人。2月に公布された国民投票法では「過半数が投票すれば投票成立とし、投票者の過半数が賛成票を投じた場合を新憲法案の承認とみなす」としていて、新憲法案は有権者の25%の賛成で成立することになる。


サイクロン・NARGIS
  
NASAが提供した地球観測衛星「テラ」の画像・
右側の写真は2008年4月15日、左側の写真が5月5日のもの
かなりの部分が水没しているように見える

 

各国の支援体制
日本:小型発電機50台、6人用テント330張りなど、国際協力機構(JAICA)がシンガポールに備蓄していた約2800万円相当の救援物資をチャーター機で2回に分けて送った。第一陣は7日に現地へ到着。2003年以降、軍事政権に対する日本政府の途上国援助(ODA)新規実施は停止し、ミャンマー政府が昨年9月、僧侶らによる民主化デモを弾圧し、日本人ジャーナリストの長井健司さんが殺害されたことなどから、日本政府は同国に対する政府開発援助(ODA)を削減した。しかし、今回は人道上の緊急性が高いと判断した外務省は7日、毛布やポリタンクなど約3600万円相当の緊急援助物資を追加支援すると発表。
また、高村外相は9日、サイクロン被害が拡大しているミャンマー(ビルマ)に対し、1千万ドル(約10億円)を上限に、追加の緊急支援を行う方針を記者団に示した。世界食糧計画(WFP)や国連児童基金(ユニセフ)などの国際機関と協力して実施するという。
米国:325万ドル(約3億3800万円)緊急支援を発表
英国:500万ポンド(約10億3000万円)緊急支援を発表
中国:緊急援助第一弾として100万ドル(約1億4000万円)と60トンの物資・緊急支援を発表
インド:薬品など10万トンの救援物資支援を表明
オーストラリア:300万オーストラリアドル緊急支援を発表
カナダ:200万ドル(約2億8000万円)緊急支援を発表
チェコ共和国:154000ドルの緊急支援を発表
デンマーク:103000ドルの緊急支援を発表
フランス:775000ドルの緊急支援を発表
インドネシア:100万ドル(約1億4000万円)の緊急支援を発表
アイルランド:150万ドル(約2億1千万円)の緊急支援を発表
イスラエル:10万ドル(約1400万円)の緊急支援を発表
ノルウェー:196万ドル(約2億3千万円)の緊急支援発表
シンガポール:20万ドル(約2800万円)の緊急支援を発表
スペイン:775000ドルの緊急支援を発表
スウェーデン:後方支援と水洗浄システム提供を発表
スイス:第一弾として475000ドルの緊急支援を発表
タイ:100000ドルと食料医薬品の緊急支援を発表
世界食糧計画(WFP):食料の緊急配布と24万人分の緊急医療キットの搬送を開始した。
国際赤十字社:ミャンマー赤十字社を支援するため約2000万円を拠出、2000枚のビニールシート、2000セットの大人と子供用シャツ、ブラウス、腰布、毛布、蚊帳、タオル、ビニールシート、石鹸、コップ、皿、スプーンなど21点がセットされたファミリーキットの輸送開始。
イオングループ:1000万円緊急支援金を寄贈
世界ラーメン協会(会長・安藤日清食品社長):即席めん20万食を寄贈
「日本ユニセフ協会」緊急募金開始
財団法人日本ユニセフ協会は5月6日、ミャンマーサイクロンの被災者支援のための緊急募金を開始。
協会ホームページ(http://www.unicef.or.jp/kinkyu/myanmar/2008.htm)参照。
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