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ライフスポット防災/山村武彦


逃げるまちから、逃げ込めるまちへ、ライフラインからライフスポットへ

ライフスポット防災とは
 1995117日に発生した阪神・淡路大震災後に生まれた防災概念。その日、大阪国際交流センター大ホールで開催予定だった「第4回日米都市防災会議」に出席するため、私は前日から大阪市天王寺区のホテルに宿泊していました。午前546分、ベッドごと下から突き上げる衝撃と揺れに見舞われます。揺れが収まった後、持っていた携帯ラジオの情報を頼りに地震発生約2時間後の神戸に入りました。途中で救助活動を手伝い、テレビ中継に出演し被害の甚大さを伝え、一刻も早い救援・救助の必要性を訴えた後、避難所の様子を見て回りました。

 避難所となっていた小中学校の体育館には余震に怯える多数の避難者が玄関や廊下まであふれかえっていました。関西に地震はないという根拠なき安全神話もあってか、どこの避難所にも水・食糧・非常用トイレ・寝具の備蓄はおろか、暖房設備がほとんど準備されていませんでした。その後、ボランティア元年といわれるほど、全国から多数のボランティアが駆け付けてくれましたが、当初の避難所はインフラが途絶え寒さと物資不足の厳しい状況でした。

隣人とも離ればなれになった被災者たちは、心細い避難所を見限り、親戚、知人、友人を頼って他地域へ避難する人も多数いました。避難所では寒さ、過労、医薬品不足、ストレスなどで持病が悪化する人や、インフルエンザがまん延し健康な人でも体調を崩す人も多く、約3か月後に震災関連死と認定された人は約900人に上りました。その後、徐々に復興を果たしていきますが、地域によっては住人たちが避難先から戻らず、道路が広くなり街はきれいになったものの、人と人の絆や温もりがなくなり、無機質な街になってしまったと嘆く人もいました。そうした教訓から、大規模災害でも一週間程度は避難所・地域・地点(スポット)ごとに、自力で生き延びることができるように事前に準備や備蓄をする「ライフスポット防災」という概念が生まれました。

 しかし、震災の記憶が風化すると「災害は不確定要素が多く、防災対策は利益を生まない後ろ向き投資」などと形式的な防災対策になりがちです。そうなると防災関係機関も事前対策よりも、発災後の被災地支援を重要視し「迅速なプッシュ型救援、総力挙げての復興支援」という「災害後対応」に重点が置かれるようになっていきます。むろん災害後の被災地支援や復旧・復興は極めて重要です。しかし、事前防災を怠れば多数の震災関連死を誘発することになります。その後発生した東日本大震災や2能登半島地震でもライフラインの長期断絶、物資不足、復旧・復興の遅れ、多数の震災関連死、コミュニティ崩壊で、町の存続をも脅かすほどの深刻な人口流失を招いています。

防災庁の創設は国家の防災指針を根本から改めるチャンスです。それはこれまで以上に「事後対策の充実」と事前防災重視」です。とくに防災庁に期待する喫緊課題は、災害関連死を減らし災害後の人口流失を防ぐことです。そのためには大規模災害でも地域ごとにその街で生き残り、その街で生き延びられるように準備と備蓄の充実を図る事前防災「ライフスポット防災」の推進です。

広域に張り巡らされた配線、配管、道路、鉄道などでつながった電気・水道・ガス・通信・物流などのライフラインは、大規模災害でその「ライン」が寸断・断絶する蓋然性が高く、プッシュ型救援物資さえすぐに届けられない可能性が高いのです。といって広域ネットワークで結ばれ繋がれたラインが断絶しないように完璧な耐震化は技術的にもコスト的にも現実的ではありません。ライフスポット防災が目指すのは、市町村をいくつかのスポット(地点)に分け、そのスポットごとに 次のような準備をすることです。

・スポットごとに発電施設を設置すること(再生可能エネルギー等)。

・スポットごとに貯水タンク設置すること(水道の流通経路等に)。

・スポットごとに防災備蓄倉庫を設置すること(被災者の一週間分程度)。

つまり、発災時にスポット(地点)ごとに住民たちが自力で生き残り、生き延びることができるように、平時からも使える独立した最低限のスポットインフラを構築し、一定数の非常用物資を備蓄することです。災害発生時、被災したスポット(地点)に対し被災を免れた隣接スポットが連携して支援する仕組みです。ライフラインからライフスポットにして災害時にも「逃げるまちから逃げ込めるまち」になるのです。

しかし、ブロックごとに独立したスポットインフラを整備するには時間とコストがかかります。安全・安心まちづくりの目標を掲げ、10年~30年計画をたて真の防災大国を目指すべきです。その間にも災害は待ってくれません。避難所単位や想定孤立地域ごとに、インフラのリカバリ対策と一週間は自力で生き残るための備蓄を推進すべきです。

しかし、一定以上備蓄を確保するにために自治体だけでは限界があります。家庭、企業も最低一週間は自力で生き残り、生きのびられるようにしなければなりません。なぜならば、想定されている首都直下地震、日本海溝・千島海溝周辺海溝地震・南海トラフ巨大地震・日本海の地震が発生すれば、深刻かつ長期的にモノ不足が発生する可能性があるからです。
 生活必需品の大半を輸入に頼る我が国は、国際紛争などが起これば深刻なモノ不足に陥ります。大規模災害対策だけでなく経済安全保障の見地からも地方自治体備蓄、国家的備蓄、民間流通備蓄など、国を挙げて取り組むべきです。参考にすべきはスイスです。

スイスの国家的備蓄
 参考にすべきはスイスの備蓄制度です。スイス連邦では非常用品の流通備蓄が法律で義務化されています。スイスには連邦憲法第102条に基づく「経済的供給のための国家法」があり、生活必需品を輸入・生産・販売する企業に対し、一定量の流通在庫を持つこと(強制備蓄)を義務付けているのです。現在対象とされている企業は約300社を超えるといわれます。国が直接倉庫を持つのではなく、民間業者の倉庫に「国のための確保分」を備蓄してもらい、そのコストの一端を国が支援する形式です。この備蓄システムは「経済的国家供給」と呼ばれ、購入・備蓄費用は政府が直接負担や支援をせず、低利の銀行融資の政府保証(連帯保証)と、消費者が負担するわずかな手数料(賦課金)を組み合わせることで成り立っています。政府は税金をほとんど使わずに民間企業が備蓄を維持できる仕組みとなっているのです。銀行は政府の連帯保証で倒産リスクがないため極めて低い金利(ほぼ0に近い金利)で企業に融資できますし、国も企業が倒産しない限り國からの支出はほとんど発生しないのです。

倉庫代、保険料、管理費、期限の入れ替え費用等の備蓄保管コストは、業界ごとに設立された「保証基金」から企業に支払われます。「保証基金」の財源は輸入品への上乗せ徴収(賦課金)で賄われ、消費者の負担は商品購入時に「備蓄手数料」として気づかない程度の額が上乗せされています。こうした流通備蓄の期間と数量は、国内消費量の34.5か月分で、輸入や生産が完全に停止しても一定期間は持ちこたえられる量で、その主な品目は、
・食料:砂糖、米、食用油、穀物(小麦等)、家畜用飼料、コーヒーなどの嗜好品など。
・エネルギー:ガソリン、軽油、灯油、航空燃料(約4.5ヶ月分)など。
・医薬品:抗生物質、鎮痛剤、ワクチン、インスリンなど。
・その他: 肥料、工業用エタノールなど。

 一方、一般家庭の備蓄は義務ではありません。しかし、スイスに居住する全世帯に対して「緊急備蓄」をするように政府がガイドラインを示して強く推奨しています。備蓄は自力で1週間以上生活できる量が基本で、主な備蓄推奨品目は
・水:113㍑で7日分。
・食料:7日分(調理不要ですぐ食べられるもの保存できるもの)備蓄推奨リスト:米・パスタ・小麦粉・豆類缶詰(野菜、果物、キノコなど)、砂糖、ジャム、ハチミツ、食用油、ブイヨン、塩・胡椒、コーヒー、カカオ、お茶、長期保存牛乳、ビスケット、チョコレート、乾パンなど。
・日用品:トイレットペーパー、石鹸、ライター・マッチ、ろうそく、ごみ袋、カセットコンロ・カセットボンベなど。
・情報等: 電池式ラジオ、予備電池、救急箱、現金(小額紙幣)など。

一般家庭の備蓄は義務ではありませんが、スイス人の多くは「自分の身は自分で守る」という意識が高く、「緊急備蓄」を実行している家庭が多いそうです。スイス政府の調査では、6070%の家庭で1216日分が備蓄されていると報告されています。

 日本はスイスと同じようにエネルギーなど資源の少ない国です。国際紛争や輸送路が混乱したり閉鎖されたりすれば、深刻なモノ不足や買いだめパニックが起きます。そうなると他国からの理不尽な威圧や条件に屈しなければならなくなります。屈しないまでも外交や防衛の切っ先が鈍ってしまいます。大規模災害だけでなく国家としての自由・独立・矜持を守るため、スイス連邦に学び、国全体の備えと準備が不可欠です。山村武彦


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