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東日本大震災(2011年東北地方太平洋沖地震)/現地調査・写真リポート(撮影・文:山村武彦
南三陸町編/震災後約1週間

中央が南三陸町防災対策庁舎

上の写真が震災前(2010年)の防災対策庁舎前の標識、下の写真が震災後(2011年)の標識
南三陸町防災対策庁舎の前にあった津波水位2.4mの表示(チリ地震津波・1960年)
東日本大震災では約14mの津波が防災対策庁舎を襲い、多数の犠牲者を出した

上の写真が震災前(2010年)の防災対策庁舎、下の写真が震災後(2011年) 


上の写真は震災前(2010年)八幡川の水門
上の写真が震災前(2010年)、下の写真が震災後(2011年)
南三陸の八幡川水門前の津波水位2.6mのチリ地震津波到達水位標識

 震災前(2010年)に訪れた時のチリ地震津波記念公園・右側がSL

チリ地震津波記念公園にあったSL(震災後)

 上の写真は震災前(2010年)、下の写真が震災後(2011年)
津波でモアイ像(左)の首とコンドル碑(右)のコンドルが津波で流されてしまった
震災後のモアイ像

公立志津川病院裏側(左側が西棟(5階)、右側が東棟(4階))
西棟5階又は屋上に避難した人は助かった
公立志津川病院表面・東棟(4階の天井まで津波で浸水)入院患者など多くの犠牲者を出した
公立志津川病院表面・西棟
病院の前にもチリ地震津波水位2.8mの表示(既往災害にとらわれてはならない)





南三陸町志津川公民館






NTT南三陸町



表面が津波避難ビル(4階建)

 上の写真が震災前(2010年)の津波避難ビル、下の写真が震災後(2011年)
海辺の津波避難ビルは4階まで浸水、屋上に避難した人はかろうじて助かったという



合同庁舎













高山市から駆け付けたボランティアと
高山市から持ってきた非常用給湯器でお湯やお風呂を提供
ハウスの中につくられた被災者用お風呂
お風呂から出てきた被災者はいい笑顔をしていた





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