2018,12,22 インドネシア スンダ海峡津波(噴火起因山体崩壊津波)
現地調査 写真レポート(文・写真/山村武彦)
 
続く噴火 噴煙1.2㎞
2019年1月5日付地元バンテン州の新聞(Radar Banten朝刊)
12月22日の噴火後も噴火を繰り返すアナク・クラカタウ火山島周辺には
ほかに3つの火山島と海底火山があり、それらを総称しクラカタウ火山と呼ばれる
今後も他の火山島の噴火による山体崩壊津波や海底地すべり津波などが懸念され
インドネシア国家防災庁からは今も警戒が呼びかけられ緊張状態が続いている

私が訪れた2019年1月3日、4日、5日にもアナク・クラカタウ火山島から噴煙が上がっていた(撮影:山村)
災害の教訓に国境はない
 2018年9月28日に死者・行方不明者3,565人・負傷者約1万人・避難者約20万人(10月25日現在)という甚大被害を出した「スラウェシ島地震」の津波から約3か月後にまた、津波災害が発生。
 9月の時は犠牲者の多くが内陸の地すべりと津波によるものであった。その津波も陸上の土砂が地震の揺れで地すべりを引き起こし海中に崩落して津波となる「地すべり津波」と推定されている。
 今回(2018年12月22日)の津波は地震起因ではなく火山島噴火起因の山体崩壊津波。昨年7月にもロンボク島周辺で地震が多発するなどインドネシアでは地震、津波、噴火が頻発している。こうした地震・津波・噴火多発は日本も酷似している。こうした災害は日本でも起こり得る。伊豆諸島をはじめ九州、千島列島などにも多くの火山島が散在する。地震起因前提の津波ハザードマップ、津波防災マニュアル、津波警報前提の避難訓練などの見直しは急務。災害の教訓に国境はない。スンダ海峡津波災害を対岸の火事とせず、新たな視点の津波対策が必要ではなかろうか。

地域によっては巨岩も一緒に襲ってきたという


津波襲来時間は地域によって異なるが、20時10分~21時30分くらいが多く、一部では23時過ぎもあった
インドネシア国家防災庁は噴火24分後に第一波が押し寄せたものと推定していると発表

ジャワ島西部 Jalan Panimbang Labuan地区にある津波警報装置
2014年に設置され、2004年のスマトラ沖地震が発生した26日に毎月テスト放送を繰り返していた
サイレンは約5㎞四方に響き渡るが、地震を基準にした警報システムのため今回サイレンは鳴らなかった
津波警報設備が設置されると、サイレンが鳴らないうちは大丈夫という警報依存が生まれることもある
日本でも「島原大変肥後迷惑」で知られる雲仙岳火山性地震及び眉山・山体崩壊による1792年の津波
1640年の北海道駒ケ岳の火山噴火由来の山体崩壊による火山噴火津波などが過去発生している
日本の津波警報も原則的に地震発生を基準としている。今後見直しが必要ではないだろうか。

主な被害
 今回の津波による人的被害は、死者426人、行方不明者29人、負傷者7,202人(インドネシア国家防災庁・2018年12月29日現在)。流された住宅883棟、ホテル73軒、商業施設60軒が倒壊し、43,386人が避難所などに避難している。
3つの疑問
1、前触れなく襲った津波に対し住民たちの対応
 津波警報サイレンも鳴らず、地震の揺れもなく、土曜日の夜8時過ぎ、前触れもなく突然襲った津波に住民たちはどう対処したのか?
2、津波襲来をどうやって覚知したのか
 津波が襲ってきたことを知ったのは?(津波襲来の予兆や気配はあったのか?)
3、避難行動のきっかけ、夜間にどうやって避難できたのか
 助かった人が避難行動を起こしたきっかけは?どう避難し、どうやって助かったのか?
今回津波に襲われた地域に設置されていた津波注意喚起標識
海岸にいて鳥や犬など動物の異常行動の後、津波が来るかもしれないなどユニークな内容
地震があったりサイレンが鳴ったらすぐに高台に避難するかヤシの木によじ登れと
文字だけでなく子供でも外国人でも分かるようにイラストを交えて書かれている
実際に多くの住民がヤシの木に登って助かっている
この地域ではヤシの木に登る競争等もあって、ほとんどの人たちがヤシの木に登れる
避難経路示す標識(インドネシア語と英語で書かれている)

スンダ海峡はインドネシアのスマトラ島とジャワ島の間にありインド洋とジャワ海をつなぐ海峡
海峡の名前は西ジャワ州の先住民族スンダ族に由来する
複雑な海底地形で東端部の深さはわずか20m、最狭部は24㎞。
砂州と活火山が多く、時間により潮の流れが激しく変化する極めて運航の難しい海峡である
そのスンダ海峡のアナク・クラカタウ(クラカタウの息子の意)火山島が2018.12.22夜に噴火
噴火と同時に発生した山体崩壊による大量の土砂が海中に流れ込み津波を引き起こしたとみられている

クラカタウ火山は4つの火山島によって構成されている
その中心にあるアナク・クラカタウ(Anak Krakatau)火山島が噴火

激しく噴煙を上げるアナク・クラカタウ火山島(AP)
クラカタウ火山は1883年にも大噴火と山体崩壊を起こし36,417人が犠牲になっている


噴火・山体崩壊津波
噴火と同時に発生した大規模な山体崩壊が津波を起こしたとみられている。日本の国土地理院は地球観測衛星「だいち」が2018年8月20日と12月24日に撮影した比較画像(上図)を発表。12月22日噴火後の地形には明らかな変化がみられる。アナク・クラカタウ火山島の南西部がえぐり取られたように消失。山体崩壊の規模の大きさを物語っている。今回の津波は大量の土砂が海底に流れ込んだことによる「噴火山体崩壊津波」。
 インドネシアの火山地質災害軽減センター (CVGHM) によれば、アナク・クラカタウ火山島の標高は噴火前の338mから110mとなり、2018年12月24日から同月27日までにかけての山体の総体積は1億5000万から1億8000万㎥減少し、2018年12月30日時点で4000万から7000万㎥となったと発表。これは噴火前の3分の1



流された農機

コンクリートの電柱をなぎ倒すほどの津波だが、被害範囲は比較的限られている
3mの高さの津波だった場所でも、海岸から20m~最大約400m範囲までしか浸水していない
中でも激しく被害を受けているのは海岸から約100m以内にあった建物や電柱など
津波で被害を受けたエリアはスンダ海峡に面した海岸約50㎞と推定されている
ただ、海底の地形によるものなのか、50㎞の中でも全く無傷の地域もかなりある
噴火した火山島周辺の他の島が津波進路を遮り、複雑な海底や湾の形状などにより
甚大被害地域と無傷地域の明暗を分けたものと推定される


基礎だけしか残らなかったシーフードレストラン(上の写真)・下は同レストラン経営者のご家族
バンテン州 Pandeng Pang市 Pondok Waru地区
シーフードレストラン「CHRITA」の経営者ABAH MUKSINさん(52歳・中央)
お店は営業中で、お客が一人いた。夜8時過ぎにザーという音を立てて津波の第一波が来た
それは足首くらいまでの水で、津波だとは思わず 高波が来たと思ったが何か変だと感じ
ご主人はお客と家族を裏山に避難させ、火を消し外へ出てすぐ津波に襲われた。夜8時半ぐらいだった
無我夢中で高台に走った。途中で流木か木材にぶつかって足にけがをしたが一家全員無事
津波の高さは約3mで、海岸から約30mまで押し寄せて、すごい音をたて引いていった
奥さん(左)と息子のお嫁さん(右)は「ヒュ― ヒューという津波がやってくる音をきいた」という

津波が突き抜けたリゾートホテル(VILA TAMARO)
避難しようと外へ出た途端、2~3mの津波に襲われ7人が犠牲になった
クリスマス前のパーティがあっていくつかのファミリーが集まり100人ほどいた
外へ避難せず室内にいた人たちは柱などにつかまって助かったという

PANDEGRANG CARITA地域に住む大工のASEPさん(33歳)
左後ろのアンテナの木の横に自分で建てた家があったが津波に襲われ今は基礎だけになった
家族(4人)でテレビを見ていて夜9時半頃 いきなりドーンと津波に襲われた
何が何だかわからないうち、後ろの田んぼに家ごと流され、5歳の娘さんが打撲で亡くなった
「地震もなく、噴火の音も聞こえず、まさか津波とは思わなかった。サイレンも鳴らなかった」
「娘を守れなかった自分が情けない」涙ながらに語る父。痛ましい限りである。

「何もかも流され何も残っていない」PANDEGGRAG市のBATU HIDENG・MASNAWATIさん(下)
月明りの中必死に逃げた
 土曜の夜、いくつかの家族が集まって食事が終わりくつろいでいた。そのとき、鳥が一斉に飛び立ち、たくさんの車が向かってくるような「ゴーというような音」がした。皆どうしたのかと表へ出たが何ともないので家に戻ろうとした。しかしMAHFUDOHちゃん(上の写真・10歳)やほかの子供たちは海から波がやってくると言って、一斉に山の方に向かって走り出した。それにつられて大人たちも走って逃げた。その背中を追うように約3mの津波がバリバリっと木々をなぎ倒しながら押し寄せてきた。その日は月が浩々としていて、その月あかりがあったから高台に避難できた。家族も全員無事だった。MAAHFUDOHちゃんは途中転んでひざを擦りむいたが元気。
 お母さんのMASNAWATIさんは、トラックやバイクが何十台も向かってくるような音だったと振り返る。あの音がしなかったらみんな家の中にいて、家と一緒に流されたかもしれないという。そして、月明かりがなければ逃げきれなかった、神様が知らせ助けてくれたとも。今は妹夫婦の家に厄介になっているが、なんとか家を建て直したいと決意を話す。この地域では隣組のルクン・トゥタンガ(通称RT/Rukun Tetangga)の助け合いで、村を挙げて衣服や生活用品を持ちより、炊き出しをして被災者を支えている。
自己防衛本能(生存本能)
 動物には危険を警戒し、察知し、回避しようとする自己防衛本能がある。それがあってこそ生命を維持し種を保存し継続してきたのである。つまり、自己防衛本能はかけがえのない自分の命を守る生存本能ともいえる。この自己防衛本能は論理や思考を超えて発揮される場合が多い。そして野生に生きる動物ほど、危険な状況下でも生き延びるための本能が先鋭化しているといわれる。それは危険を察知したら、危険から離れる(逃げる)行動を起こす判断だけでなく、じっと固まって動かない又は近くに隠れるほうがいいという臨機応変の行動選択本能や経験則的判断も加わる。このようにして多くの動物が過去の失敗は二度と繰り返さない、失敗を繰り返せばいつかは命取りになることを本能的に感知しているからである。つまり、危険とは何かを把握し、正しい回避行動を経験から学習し、持って生まれた本能を更にブラシュアップし自己防衛本能を進化させている。
前触れなき津波、それでも助かった理由
 今回のスンダ海峡津波は、噴火の爆発音、地震の揺れ、津波警報など、事前に津波を警戒すべき予兆や前触れはなかった。くつろいでいた土曜の夜、いきなり津波だけが襲ってきたのだ。地域差はあるが延べ約50㎞にわたる海岸線を3~4mの津波が襲ったにもかかわらず、死者・行方不明は約450人。人的被害は極めて少なかったと感じた。津波から生還した人たちの証言を聞くと、多くが何らかの異変を察知し、津波襲来の直前か第一波を高波と勝手に判断せずただちに避難を開始していることに驚く。今回被害の多かった地域には津波警報システムは設置されておらず、住民たちは津波警報やサイレンに依存していなかった。
 このスンダ海峡周辺では過去にも噴火による山体崩壊津波がいきなり襲ったきたことがある。1883年、今回噴火したアナク・クラカタウ火山島近くにあったクラカタウ島で史上最大規模の大噴火が発生。島の3分の2が吹き飛んでなくなるほどの大噴火だった。その後、高さ20メートル級の大津波がジャワ島西部沿岸などを襲い、約3万5千人以上が犠牲になった。住民たちに聞くと、こうした135年前の津波災害の恐ろしさ、前触れなき津波があることを代々親から子へと伝承されてきたという。このように過去の失敗事例を教訓として継承してきたこと、さらに警報に頼らず、動物の異常行動や、海や風の音から異変を察知した自己防衛本能が働いた結果、死者・不明約450人、負傷者7,202人(2018年12月28日現在)という人的被害者数になったと推測されている。負傷者数が多い割に犠牲者数が少ない。(津波高さや襲来範囲や地震規模が異なるので一概に比較はできないし、比較すべきではないが、参考までに東日本大震災の人的被害者数を調べると、死者・不明18,434人、負傷者6,156人(2018年9月10日現在))。
自己防衛本能を退化させていないか
 日本では、近年 地震起因の津波警報システムが全国に張り巡らされ機能してきた。また、洪水や土砂災害の危険性があれば全国の防災行政無線で避難勧告や避難指示が出される。しかし、それでも避難せず(できず)犠牲になる人もいる。もし、スンダ海峡津波のように地震や警報なき津波襲来、土砂災害発生時、どれほどの人が危険を察知し避難できるかは極めて疑問。とくに警報ありきの避難訓練が繰り返されてきたことにより、「虫が知らせる」「胸騒ぎがする」など人間が本来持っている危険察知・危機回避本能を結果として退化させてしまってはいないか。正常性バイアスと合わせて検証すべき時代に入った。災害はその都度「想定外」ではなく、想定すれば想定できたこともある。また、多角的複眼的に過去の事例に学べば、自己防衛本能をさらに進化させることもできる。災害の教訓に国境はない。スンダ海峡津波の生還者の声にも耳を傾け、謙虚にそして真摯に学ぶべきではなかろうか。
MASNAWATIさん宅のニワトリ。放し飼いのニワトリは樹上に逃げて助かったが
ケージに入っていたニワトリは全滅した。これからは雛以外は全部放し飼いにするという。
MASNAWATIさんの財産で残ったのはニワトリ30羽だけ

ジャワ島西部・1500haの巨大なビーチリゾート「タンジュン・レスン」はスンダ海峡に面している
後ろがスンダ海峡/アナク・クラカタウ火山の噴火が見える
2018年12月22日、ここでインドネシアの若者に人気のロックバンド「セブンティーン」のコンサート中
特設ステージを囲んだ約300人は突然津波に襲われ、周囲の人も含め108人が犠牲
下の写真は流されたコンサートの仮設ステージや客席の椅子や巨岩
セブンティーンのメンバー4人のうち助かったのはリードボーカルのリーフィアン・ファジャルシャーさんだけ


ビーチリゾートを運営する「BANTEN WEST JAWA TOURISM DEVELOPMENT」のオーナーPoernomo氏
「コンサートのお客様を含め多数の人々が犠牲になって責任を感じる」と話す
この辺りは高い建物や高台がないがどうしたらよいかと相談を受け「津波タワー」設置を提案
併せて、避難動線の整備と従業員たちの防災意識啓発や繰り返し訓練の重要性を話した
早速取り掛かりたいと、オーナーは少しだけ愁眉を開いたようだ

ビーチリゾート「タンジュン・レスン」敷地内の水田では、委託家族総出で田植えの真っ最中
(二毛作が一般的、地主にはできた米を少し上納するだけで、大部分は小作の取り分)
中には津波に襲われながらヤシの木に登って助かったという人が2人いた

水田小屋で昼寝中

多数の企業ボランティアが駆けつけている
彼らはコンクリート成型工場の社員と友人たち、救援物資を届ける途中
POSKOは救援(支援)センターのこと
POSKOは自治体、民間、隣組など様々な形態がある
警察署がPOSKOに場所を提供し協力する地域も

ジャカルタから100~150㎞離れた被災地に個人や家族でやってくるボランティアも多い

保冷車で食料を運ぶボランティア

隣組のルクン・トゥタンガ(通称RT/Rukun Tetangga)が持ち寄った衣服を仕分けする隣人たち

町の風景/ミニガソリンスタンドが至る所に

町の風景/地元商店ではLPガス(3㎏・約250円)や飲料水も販売されている

町の風景/コンビニでは果物も一緒に販売されている

町の風景/グリコのポッキーが並んでいるコンビニもある

町の風景/コンビニ出入り口にはドネーションボックスが定番

町の風景/ごみの分別は推進されているが、まだ浸透していない

町の風景/魚種・魚影も豊富で釣りを楽しむ人も多い

町の風景/海岸沿いにはレンタルコテージが並ぶ(3部屋あるものも1泊5,000円程度)

町の風景/津波襲来地域で新しいビジネスが流行っている
ホームステイという名の民泊(一泊2食付きで3,000円から5,000円)

町の風景/大都市以外、ホテルでもトイレットペーパーがないところが多い

町の風景/地方の一般的トイレ(トイレットペーパーはなく、手桶の水でお尻を洗う)

町の風景/津波被害の多かったバンテン州は果物の豊富な地域
(大きなバナナは生ではなく野菜と一緒に炒めて使うとのこと)
町の風景/庭先にも果物の木が多い

町の風景/バンテン州は果物の王様と言われるドリアンの産地(いいドリアンでも4個で1000円)
町の風景/ドリアンの木は約15~20メートルの高さがあり1本で100~200個の実がなる

ドリアンはタイが有名だが、インドネシアのは小ぶりでもすごく甘い
硬い実を2つに割ると、中実はとても柔らかく独特の臭いがする
いい匂いだという人もいるが、玉ねぎが腐った臭いと酷評する人もいる
インドネシアでもホテル・バス・空港など持ち込みが禁止されているところが多い
果物の王様と言われるが悪魔の果物とも呼ばれる。一度食べるとすぐまた食べたくなるからだとか

今回津波被害があったところは海岸線の一部地域に限られているが
風評被害によりバンテン州全体の観光客が急減、私が宿泊した内陸のホテルも数組だけだった
被災地支援のため、もぎたてドリアンを食べに出かけては?

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