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2021年8月15日 長野県岡谷市土石流 現地調査 写真レポート
(文・写真:山村武彦)

2階で母子3人犠牲/2階(垂直避難)が安全とは限らない
 梅雨末期のような気圧配置が長く続き、停滞し続ける前線の影響で長野県岡谷市では2021年8月15日土石流が発生した。岡谷市川岸東3丁目の2階建て民家に土砂が流入し母子3人が犠牲になった。前日14日までの1時間雨量の最大値は17mm/hだったが15日午前4時には1時間で44mm/hという大雨となった。15日午前5時26分、岡谷市消防団員から119番通報が入り、住宅にいた8人のうち5人が病院に搬送されたが同日午後、母子3人の死亡が確認されたという。亡くなったのは隣町(辰野町)在住の巻淵友希(ゆき)さん(41)、次男で辰野中学校1年の春樹さん(12)、三男で辰野小学校2年の尚煌(なおき)君(7)の母子。痛ましい限りである。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
 親族の話によると、住宅は8人のうちの1人が所有している建物で、普段は使用していなかったが、お盆で8人が集まり一時的に滞在していたもの。被災した住宅は、JR川岸駅の真ん前で県道14号線に面している。土石流は住宅の裏山から流入し2階を直撃。遺族によると亡くなった3人は山側の部屋にいて難にあったという。

画像/国土交通省


画像/国土交通省
崩壊した斜面の傾斜は比較的緩やか(約20度)だったが、堆積していた土層深は約3mあったものとみられている
崩壊斜面は巾約10m×長さ約20m、深さ約3mで、崩壊した土砂量は約600㎥と推定される

出典/飯田智之博士の資料「土層深と斜面傾斜の関係から見た斜面の安定性」
土層深が1m以上になると不安定領域になる
傾斜度20度と比較的緩やかな斜面でも土層深が3m(赤矢印)あった所への大雨で斜面崩壊したと考えられる
100メートル上部の裏山斜面崩壊
 土石流発生から2日後、国土交通省の専門家が現地を調査。被害住宅から約100メートル上部の裏山斜面が崩壊し、400~800立法メートルの土砂が流失したものと推測する見解を発表した。県の要請を受けて国土交通省の技術政策総合研究所の山越隆雄・砂防研究室長ら3人が調査した結果、土石流は中央自動車道から約50メートル上部の斜面を起点に発生し、幅約10メートル、長さ約20メートル、深さ約3メートルにわたって崩壊し立ち木を巻き込みながら中央道下の歩道用ミニトンネル(カルバート・高さ及び幅2.5メートル)を抜け住宅を襲ったもの。

画像/国土交通省

土石流は中央自動車道の下のトンネルを抜けて住宅を直撃(画像Google earth)
災害前↑(Google earth)
災害後↓(3日後山村撮影)


堆積した土砂を見ると、礫はなく極めて粒子の細かい火山砕屑物由来の風化土とみられる
土石流というより水分の多く混じった「土砂流」と推測される

天竜川付近から撮影

現地を見て2階を襲った土砂のイメージ
画像出典:Google earth(崩壊前の斜面と住宅)

なぜ2階に土砂が?
 被災した住宅の裏側は段丘のような崖地になっており、下部は約2メートルほどの高さまでコンクリートの擁壁(左図白線)が設置されていた。一方、段の上端(左図赤線)は2階の屋根と同じほどの高さがあって、発災前は小さな樹木が植栽されていて、山に向かって斜度約15~30度の斜面が続いている。被災住宅から約50メートル上部に中央自動車道が通っており、すぐ近くには自動車道の「川岸バス停」がある。
 自動車道の下には歩行者用のミニトンネル(2.5メートル×2.5メートル)があり、その上はコンクリートの石段が続いていた。今回崩壊したのはミニトンネルの約50メートル上部の斜面。
 土石流発生直前の15日午前4時頃の時間雨量44mmという豪雨により午前5時過頃、大量の雨水と共に崩壊した土砂がミニトンネルを抜け被災住宅の2階を直撃したもの。この住宅周辺は、土砂災害警戒区域に指定されていた。
避難指示
 土砂災害警戒情報は発表されていたが、岡谷市による避難指示は発令されていなかった。避難指示は市町村が国のガイドラインなどを参考にその地域ごとに避難情報発令判断基準を設けている。今年5月、災害対策基本法が改正になり、60年ぶりに避難勧告が廃止され避難指示に一本化されたが、勧告よりも強い避難指示を発令する判断やタイミングは極めて難しい。安易に発令すれば「オオカミ少年効果」となる懸念もあるし、とくに大雨の夜間・未明に避難指示を出せば、避難中に被災する危険性(参照:佐用水害)もある。気象予報では15日未明に44mm/hの降雨が前日に予想されていなかったこともあり、避難指示を発令しなかったというだけで岡谷市を一概に非難することはできない。今後、多角的な検証が必要である。
2階へ垂直避難の功罪
 これまで、洪水や土砂災害の危険がある場合、夜間などの避難が困難な時は、2階以上の崖や斜面から離れた安全な部屋などへ「垂直避難」の安全確保を呼びかけてきた。洪水・浸水のおそれがある地域では2階以上の「垂直避難」は有効だが、今回の災害状況を教訓にすれば、土砂災害の場合は一概に「垂直避難」が最適の避難方法とは言えない。斜面から離れた部屋の人は助かったが、その部屋も土砂に埋まり、2人が入院せざるを得なかったように危機一髪であった。土砂災害防止イコール垂直避難と決めつけず、周囲や背後の急傾斜地・地質・地形・住宅の構造などの状況に合わせ、危険な場所は避難指示が発令されなくても、「土砂災害警戒情報」が発表されたら、明るいうちに近隣の安全な場所か、家から離れて避難所などへの「立ち退き避難」を原則とすべきである。 

「夜間や道路冠水時は2階に避難してください」「2階以上の斜面から離れ部屋へ」などが
メディアなどで繰り返し呼びかけられてきた。
それによって「いざとなれば2階に避難すればいいから、避難所へ避難する必要はない」と考える人もいる
しかし、リスクは家ごとに異なる。今回の場合は2階より1階にいた人の方が助かっている
その家や周辺の状況によっも異なるが、土砂災害警戒区域は垂直避難より早期の立退き避難を呼びかけるべきでは

被災住宅ガレージにあった車
土石流現場から約80メートル離れた場所でも土石流が発生していた↑
その場所のミニトンネル

被災住宅上部のミニトンネル(山側から撮影)
土石流が通過したミニトンネル近くにある中央自動車道のバス停
ミニトンネルに向け両側から傾斜があり、集水地形となっている

ミニトンネルから山に向かって石段があり、側溝も設置されている
側溝や斜面から集水された雨水の排水処理が適切だったか、第三者機関による検証が必要

ミニトンネル付近の土砂

ミニトンネル内

離れたミニトンネル内にこびりついた土石流の跡
ミニトンネル内にも側溝

一帯が急傾斜地崩壊危険区域に指定されていた
住宅上のスペースは小さな公園になっていた
JR中央本線川岸駅(被災住宅は県道を挟んだ駅の真ん前)
この地域は1955年に岡谷市と合併するまでは「諏訪郡川岸村」(当時の人口7,484人)
地名の由来は、文字通り天竜川の岸に沿って住宅(村)が展開していることによるとされる
天竜川の北側は段丘のような崖地や斜面が迫り、過去にも何度か土砂災害が発生している

周辺は土砂災害警戒区域(黄線)に指定されていた

被災住宅から約80メートル先でも土石流が発生していた(人家がなかったので人的被害はなかった)
排水溝

自宅前には母子の死を悼む花が供えられていた(「助けられなくて、ごめんね」の文字も)

犠牲者のご冥福をお祈り申し上げますと共に、被災者に心よりお見舞い申し上げます

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