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その他の現地調査写真レポート


浜松市天竜区 春野町地すべり(門島(かどしま)地区地すべり)
現地調査写真レポート/撮影・文:山村武彦

地滑り現場全景
現場は段丘と川との高度差約150m、傾斜度約50度
崩壊した斜面下部は崖錐状に広がり、一部は杉川を堰き止め湛水域が生じている
★2013年春野町地すべり(門島地区 地すべり)の概要
☆名称:門島(かどしま)地区地すべり(本章では、わかりやすく春野町地すべりとする)
☆地滑り現場:静岡県浜松市天竜区春野町杉822-2付近(国道362号久原橋より北方100m杉川右岸)
☆地すべりの規模:
・4月23日発生分:上幅80m、下幅80m、高さ約90m(目視)、厚さ約20m、推定土量約5万㎥
・4月25日発生分:幅約30m、高さ約60m、推定土量約1万㎥
・4月26日発生分:幅約40m、高さ約60m、推定土量約1万㎥
・5月1日発生分:上部茶畑で小規模な崩落
※河川への影響:杉川の河道はほぼ閉塞し、上流側が湛水しているが、一部水筋(流水)を確認
★適切だった行政対応
 浜松市の大規模な地滑り発生に際し、国土交通省、静岡県、浜松市の連携と適切な防災措置が功を奏し、現在のところ人的物的被害ゼロと被害を最小限に留めている。「地すべり防止区域」指定地域であったとはいえ、発災直後の緊急対応が遅れるのは世の常であった。しかし今回は、住民からの茶畑亀裂情報を受け、直ちに現場確認・センサー(伸縮計)設置・増設、24時間監視体制など、初動対応が迅速かつ適切に行われた。任に当たった関係機関及びその職員たちを高く評価したい。
 そして、観測データが避難レベルを示すと、その20分後には避難勧告を発令するなどの機敏・果敢な対応。さらに、崩壊により河道の一部閉塞直後に仮排水路(バイパス)工事着工、あわせて下流域住民へ避難準備情報発令など臨機応変の対応は見事であった。大規模崩落の一段落後、茶葉刈取り最盛期を迎えて焦燥感を抱く農家の心情を勘案し、早期に避難勧告の一部解除、夜間立ち入り禁止(昼間は農作業ができる)体制に移行するなど、住民の身になったきめ細かい配慮には脱帽する。
 まだ収束途上ではあるが、今回の奏功事例は今後の土砂災害行動マニュアル策定や行政における防災・危機管理のモデルになるだろう。防災・危機管理はフレームワークよりフットワークである。こうした実践的危機管理スピリットを活かし、安全を確保しつつ早期の復旧・復興に結び付けていただけることを心より願っている。
★主な災害対応(2013年5月2日正午現在)
・3月22日/高杉地区の住民が茶畑の中に亀裂を発見・通報
・3月25日~4月8日/伸縮計設置・観測開始
・4月21日/23時30分、避難レベル(11.8mm/hr)観測
・4月21日/23時50分、避難勧告発令(6世帯24名)
・4月22日/1時00分、住民避難(3世帯8名が久原公民館へ)
      /6時00分、杉川の影響区間立ち入り禁止措置
・4月23日/3時00分、観測値が最大35mm/hrに加速
      /4時20分・1回目崩落、4時30分・2回目崩落、6時39分・3回目崩落、15時55分・4回目崩落
       杉川に崩落土砂が流入し、河川の閉塞確認。崩落による人的被害なし
       (2回目崩落後、航空偵察開始(オレンジアロー))(3回目崩落後、仮排水路工に着手)
・4月24日/0時30分、仮排水路(巾20m、延長200mのバイパス)完成
      /16時00分、避難準備情報発令(下流域13世帯32名)
      /22時10分、仮排水路で通水
・4月25日/地元企業(ヤマハ発動機)協力により、小型無人ヘリで地形測量、写真撮影実施
・4月25日/22時13分、5回目崩落
・4月26日/21時16分、6回目崩落
・4月27日/伸縮計は当初7基設置されたが、3基崩落。30日までに新たに6基増設し10基体制で観測
      /地質調査ボーリング3本の掘削開始、中部地方整備局が地すべり等監視装置にて観測開始
・5月1日/21時20分、7回目崩落(上部茶畑で小規模な崩落が発生)
・5月2日/静岡県・浜松市現地調整所を廃止、県の事前配備態勢を縮小     
4月23日、最初の地すべりの後の記者会見における説明資料

4月26日の崩落データ

筆者は2回現地を視察(上の写真は5月2日・下の写真は4月24日の光景)
地すべりは地崩れともいい、その動きから「ツエ(潰れ)」「ヌケ(抜け)」「クエ(崩れ)」等とも呼ばれている
破砕帯地すべり
地すべり発生の主な三要素は、地質、地形、地下水(降雨)である
春野地区はあちこちで湧水があるように豊富な地下水、現場は急峻な崖、そして地質
この地域は中央構造線、赤石劣線沿いの地域で白亜紀地質が風化した破砕帯が分布している
詳細は調査結果を待たなければならないが、今回の地すべりは典型的な「破砕帯地すべり」のように思われる
(地すべりは地質によって、第三紀層地すべり、破砕帯地すべり、温泉地すべりに分けられる)
山形県鶴岡市七五三掛地すべりは第三紀層地すべりといわれる
第三紀層地すべりは比較的緩やかな斜面で長い時間をかけて原型のまま滑ることが多い
温泉地すべりは、箱根早雲山地すべり(1953年7月)のように、火山灰、温泉ガスや地熱で風化した地質で発生する
破砕帯地すべりは、白亜紀などの地層が断層運動などにより風化してできた破砕帯の地質で発生する
破砕帯地すべりは第三紀層地すべりと異なり、急斜面などでも発生し、短期間で大きな崩落を起こす

最初の崩落後の翌日(4月24日)は横殴りの雨が、地すべりの斜面をたたき流れ落ちていた
そして、筆者の前でガラガラ!ガラガラ!と音を立てて何度が小崩落を繰り返した
その翌日、翌々日に再崩落発生(地すべりは、まとまった降雨日とその数日後に2次崩壊する場合が多い)

春野町は中央構造線(豊川から天竜川沿いに諏訪に向かう途上)に位置する
破砕帯地すべり地帯(ピンク色)と中央構造線がぴったりと重なる(出典:国土交通省)
こうした地域では今後警戒が必要である
春野町周辺でも過去中羽根地区等で地すべりが発生している
中央構造線の主に外帯の地質(白亜系)に破砕帯が多くみられる
崩壊土砂を一見すると破砕帯に多く見られる砂、そして固まった粘土質の風化(破砕)礫に見える

上の写真は5月2日の現場(最初の崩落以降に発生した度重なる崩落で横幅が大きく広がっていた)
しかし、上部茶畑にはまだ亀裂が残っていて警戒が必要


斜面中央に残された大きなこぶのような部分は崩れそうにないように見える
ただ、上部茶畑の縁からつながる斜面は、いまだに急な斜度を保ち不安定状態にある
一応大きな土塊は崩落したものと思われるが、この斜度ではまだ安定斜面とは言えない
今後、梅雨や台風シーズンに入り、まとまった降雨によってはさらなる崩壊の危険性もある
また、周辺地震などによる外力が働くと、上部奥の茶畑にまで影響を与えるかもしれない

中腹西側側面から見た地すべり現場、上部茶畑に段差が見える(5月2日14時ごろ・下の写真で拡大)
(崩れた斜面の土砂が風に吹かれて舞い上がる。現場地質が細かい砂礫質であることを思わせる)

上部茶畑は、先端の崩壊によって支持力を失い不安定な状態が続いている
崖の下部からでは見えなかった上部段差が、中腹側面からだとはっきりと見える
現在の監視体制は下部表面と上部センサーだが、斜面はこのように左右側面からの監視も行うべきではなかろうか

この地区は地すべり防止法に基づく「地すべり防止区域」
地すべり防止区域に指定されると地業行為が規制される
4カ国語で書かれたがけ崩れ注意標識

★地すべりの主な予兆・前兆現象
☆外部の変状
1、地面、斜面、擁壁、石垣、土手、畔、コンクリートなどにひび割れ、亀裂、目地の開き
2、畑、田んぼ、道路、土手、畔などの段差・はらみ出し、地形の変化
3、樹木の傾きや変状
4、井戸、湧水、小河川、田んぼ等の水の変化(水が止まる、濁る、浸みだすなど)
5、地鳴り、山鳴りなどの異音
☆室内の変状
1.ふすまや戸が閉まりにくくなる、隙間ができる
2、ぎしぎしと音がする
3、床が傾く(落としたモノが転がっていく)
4、壁にひび割れが入る
5、風もないのに家が揺れたり振動する

こいのぼりのポール際にある円形の施設が地すべり抑制施設「集水井」(通称水抜きボーリング)
この地区は1993年ごろから亀裂などの変状が伝えられ、地すべり防止区域に指定された
1994年緊急地すべり対策工事として集水井2基設置。写真はそのうちの1基
集水井は、地すべり活動を活発化させる要因である地下水を排出するために設けられる
「地すべり防止対策の井戸があるから・地すべりは発生しないと思っていた」と
地元の人は無念そうに話した。いつになったら収まるのか・・・
行政の説明会では「長期戦の覚悟も必要」と言われたそうだ

地すべり現場の向かって左側は約100年前に大崩落を起こしたといわれる
付近に住んでいた人々は茶畑の右奥の方へ移転したという(地元古老の話)

この地域は土砂災害・大規模地震などに備え、自主防災会が結成され
最近では平成24年12月2日に防災訓練を実施するなど地域の結束力は固い
地すべりの変状が伝えられた後、自主防災会及び消防団が出動し避難者への支援・警戒等を行っている

当初「河川の災害復旧工事(下の写真)がきっかけでは」という根拠なき憶測が飛び交ったが
筆者が見る限り工事規模・内容などから勘案して、関連性はまったくないものと判断している

防災関係機関の関係者たち(5月2日、監視体制を一部縮小)

崩落土砂・河道閉塞による土砂ダム抑制対策として、急遽仮排水路が造られた

仮排水路(上の写真)は、上流で水深1.3m以上になった場合に流水する仕組み
杉川の河道閉塞の可能性ありと判断し、崩壊直後から工事を開始し昼夜兼行でで翌日完成
崩落現場を迂回する仮排水路(手前)
写真の右側奥が仮排水路で、下流の杉川に流される


上部茶畑に設置された伸縮計(5月2日現在10基)
茶畑・左奥に杉の木が2本見えるが、その右側が約100m幅で杉林ごと崩落
5月2日12時現在、伸縮計に異常なし(1日の小規模崩落後、安定している)
情報開示も徹底されていた
崩落現場の真ん前に「地上設置型SAR」(合成開口レーダー)」の監視テント
「地上設置型SAR」(合成開口レーダー)
斜面の動きを正確に把握するため、国土交通省は4月28日に「地上設置型SAR」(合成開口レーダー)設置
SARは崩落斜面にレーザー(マイクロ波)を照射し表面の0.1mm以上の小さな動きを観測し
斜面の崩壊予測などに役立てることができる
現在、国内に3台存在し、これまでに雲仙普賢岳の変動監視に使用されているという
地滑り現場に配備されたSARは、イタリア製の地上設置型リニア合成開口レーダー
16.75ギガヘルツ(GH)の電波をリニアモーターで移動しながら発射し
地表面の変動を計測し、画像認識し二次元情報が得られる
従来のレーザーを用いた測距機では300m以上離れたり
天候悪化で計測困難となる問題点があったが
SARは1Km以上の距離でも天候に左右されず詳細情報が得られる
今後はGPSとの連携により、様々な災害予防や監視に役立つものと期待されている
画像認識で変状が二次元で把握できる

茶畑の上の赤テープ付近に亀裂が残っているため危険区域とされている
伸縮計のそばで今後の対策などに資する地質データを得るため、上部茶畑で行われているボーリング調査
(茶畑奥が崩落した崖)
崩壊した崖から約40mほどの位置でボーリング地質調査が行われている
各種センサーに異常があった場合、作業員はただちに避難する事になっているという

この高杉地区(崩落上部に位置)茶畑は、陽当たりが良く水はけのよい地質で、お茶栽培に適しているという

春野町は2005年7月に浜松市に編入合併し、浜松市天竜区春野町になった
その前は1956年9月に周智郡犬居町と熊切村が合併し春野町となり
1957年8月、春野町と気多村が合併して春野町となる
町名の由来
秋葉山本宮秋葉神社のある秋葉山と気田川を挟んだ対岸に春埜(はるの)山(標高883m)があり
春埜山にちなんで春野町という町名になったといわれる
豊かな水、澄んだ高原の空気、斜面に注ぐ陽の光、霧と昼夜の寒暖差、細やかな気配りが慈しみ育んだ「春野茶」
昨年開催された全国茶品品評会で、春野茶(普通煎茶部門)は(社)日本茶業中央会会長賞を受賞
筆者も上記のお茶をいただきましたが、品の良い香り、まろやかな甘さは絶品です
連絡先:浜松市天竜区春野町杉 88-2 井堀さんまで
電話:053-984-0302
被災地(春野町杉地区)を応援してください
崩壊した茶畑はごくわずかです、春野茶の茶畑は大部分健在です
被災地を応援するには、おいしい春野茶を購入するのが一番です。皆様の心意気とご支援に期待します

避難勧告が解除された崩落現場東側のお宅では田植えの準備に追われていた

崩落現場の上流(一部湛水が始まっている)

崩落現場から少し上流・河川敷で田植えが終わっていた


春野町から東方の川根本町の大井川斜面でも崩壊
5月1日15時35分、春野町の東方に位置する川根本町水川の国道362号線沿いで土砂災害発生、作業員1名負傷
国土の約70%が中山間地である日本は、どこでも土砂災害発生を覚悟し準備する必要がある
だからこそ、さらなる事前対策、災害発生時における危機管理対応策の充実が望まれる

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