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桜島爆発的噴火・ドカ灰災害/現地調査・写真リポート(撮影・文:山村武彦

鹿児島市桜島・南岳昭和火口(2012年5月26日・山村撮影・桜島黒神付近)
鹿児島市街にドカ灰
 鹿児島県の錦江湾(鹿児島湾)にある、桜島火山・南岳昭和火口でこのところ爆発的噴火が頻発している。1955年10月に鹿児島地方気象台が噴火の観測を開始してから、2011年12月2日で1万回を超えた。爆発的噴火回数は年々増加している。とくに2009年からは毎年記録を更新し続けている。2011年は1355回を数え、2012年になっても収まる気配を見せず5月28日現在で、すでに同時期最速の636回を記録していて、この分だとさらに記録を更新する可能性が高い。(下表参照)
 とくに2012年5月20日〜21日には爆発的噴火が断続的に繰り返され、火山灰(ドカ灰)を鹿児島市街地に大量に降らせた。市内では昼間でも薄暗く一時は降灰で前が見えないほどで、コンタクトレンズを装着している若い女性たちからは「目が痛い」「目がヒリヒリする」などの声があがっていた。ガソリンスタンドには洗車の長い列ができ、雨でもないのにみんな傘を差し、小学生たちは「楽しみにしていた金冠日食も灰で見られなかった」と肩を落としていた。
 同市東部元町にある鹿児島地方気象台では、5月20日午前9時までの24時間に平方メートル当り733グラムの降灰を観測した。これは2006年に昭和火口が活動を再開した以降最も多い降灰となった。JRは20日から運転見合わせる列車が相次ぎ、18本が運休。20日、21日の両日で運休36本、遅れは44本となり、約1万3200人に影響を与えた。JR九州によると、線路移動を行うポイントに灰が固まり作動しにくくなったことが原因という。
 鹿児島地方気象台によると、20日、21日は九州南部を通過する低気圧と、北東と北西の二つの高気圧の影響で、東よりの風が強まる中で噴火が続いたため、噴煙が西に流されJR鹿児島中央駅付近から宇宿地区にかけ帯状にまとまった量の灰を降らせたと推定している。その日その日の噴火度合い(高さと噴煙量)と風向きで降灰場所と量が変わる。5月24日の噴火では噴煙が火口から3500メートルの高さまで達する噴火があった。気象台では降灰予報を出して交通機関や農作物などへの影響に注意を呼び掛けている。
今後も警戒は必要
 2011年1月に噴火した霧島山新燃岳は、今も時折噴火を繰り返しており2011年3月22日以降、噴火警戒レベル3(入山規制)のまま。そして、桜島も2012年3月21日以降噴火警戒レベル3(人山規制)で、鹿児島地方気象台は「昭和火口及び南岳山頂火口から概ね2q範囲では引き続き噴火に伴う弾道を描いて飛散する大きな噴石及び火砕流に警戒が必要。また、風下側では降灰及び遠方でも風に流されて降る小さな噴石(火山れき)に注意が必要」という防災上の警戒事項等を発表している。気象台は「直ちに大規模な噴火の兆候はない」とするが、京都大防災研究所火山活動研究センターの井口正人教授は、「桜島を含む姶良カルデラの地盤の膨張は93年から続いており、マグマだまりには約1億4千万立方メートルが蓄積されていると推測。2020年代にも大きな爆発が起きる可能性もある」と説く。いずれにしても、この爆発的噴火回数はただ事ではない。新燃岳噴火、記録的な桜島・爆発的噴火は南九州における火山帯やプレートの動きの活発化を示している。今後もこの地区における火山噴火と併せて大規模地震への警戒が必要である。
 2001年  2002年  2003年 2004   2005年  2006年  2007年  2008年  2009年  2010年  2011年 2012年5月 
 141回  76回  29回 23回  17回  51回  42回  80回  755回  1026回  1355回 636回
※桜島では噴火活動が活発なため、噴火の内、爆発的な噴火もしくは一定規模以上の噴火回数を計数している。(鹿児島地方気象台ホームページより)http://www.jma-net.go.jp/kagoshima/vol/data/skr_erp_num.html

噴火する桜島・南岳昭和火口(直径350m)(2012年5月26日撮影・黒神付近)
桜島の人たちは爆発的噴火の事を「山が出た!」とか「出た!」とか言う人が多い
2日間滞在中この「出た!」を何度も聞かされることになった

国道224号線(2012年5月26日・山村撮影)

絶え間なく白い噴煙が上がり、爆発的噴火のときは噴火する前にゴォーというものすごい音がするという
(2012年5月26日・山村撮影)

噴火後、しばらくすると噴煙が襲ってくる(2012年5月26日・山村撮影)

青空が一変、一瞬にして灰に包まれた(2012年5月26日・山村撮影)
砂粒のような火山灰はザーザーと音を立て、目に見えない細かい灰は音もなく降ってきて、太陽と視界を遮る
そして、灰は目にも鼻にも入ってきて、むせたり息苦しくなる。マスクとゴーグルは必需品

★主な噴火対策
噴火対策は火口から離れることである。しかし、そこで暮らす場合は気象情報、火山情報に注意する等冷静に警戒を怠らない心構えが必要である。
☆噴石(こぶし大)対策
@噴火に気付いた時、極力屋外に出ないようにする。
A風下側で噴火に気付いたら、屋内や頑丈な屋根のある物陰に身を隠す。
B外出するときは、ヘルメットを着用する。
降灰対策
@外出するときは、傘を差し、ゴーグル、マスク、帽子を着用する。
Aコンタクトレンズは控え、メガネを着用する。
B降灰が激しいと思われる時は、不要不急の外出を避ける。
Cとくに気管支、呼吸器系等に疾患のある人、過敏な人は外出を避ける。
D窓などの隙間を目止めするなど、室内に火山灰を入れないようにする。
E外出から帰った時は、衣服、帽子、靴等は入り口で脱ぎ、よくはたいてから入室する。
F降灰時はフォグライト、ハザードランプを点灯しスリップしないように徐行運転。危険と思ったらハザードランプを点け路肩に寄せて停車し、降灰が落ち着くまで待つ。噴石の危険がある場所は、退避壕又は付近の頑丈な建物内に避難する。
G外出から戻ったらうがい、洗髪等を行う。
Hケータイ電話、スマートフォン、パソコンなどは細かい灰が侵入すると故障する可能性があるので、極力屋外では使用しない。
I常に、予備マスク、目薬を携帯す。
J
☆空振対策
@窓ガラスなどは専用の透明シートや粘着テープで補強する。
Aガラス飛散防止フィルムを貼る場合は、一定の性能が評価されものを使用し、専門業者に相談する。
Bガラスが割れても広く飛散しないように、厚手のカーテンを閉めて置く。
C火山活動が活発な時は、窓ガラスなどから極力離れる。
D扉はきっちりと閉める。
☆泥流・土石流対策
@降り積もった火山灰が雨に流され、泥流や土石流が発生する場合があるので、気象情報、防災情報に注意し、危険と判断したら直ちに指定避難場所に避難する。
☆その他
@火山から30q未満の地域は、外出しなくてもいいように水、食料、マスク、ヘルメットなどを備蓄しておく。
A火山情報、風向気象情報に注意し、万一の場合の避難場所などを考えておく。
※参照「富士山の噴火は始まっている」(宝島社)
 

降灰は数分で車を覆う(2012年5月26日・山村撮影)

鹿児島から見た桜島(2012年5月26日・山村撮影・鹿児島サンロイヤルホテル11階から)

海から見た鹿児島市内(2012年5月26日・山村撮影・フェリー桜島丸より)

鹿児島市内の降灰と市内から見た桜島(2012年5月25日・山村撮影・鹿児島市内から)

 
2012年5月21日、鹿児島市内の降灰(提供:産経フォト)

2012年5月20日、21日の爆発的噴火で鹿児島にドカ灰が降った
鹿児島中央駅のポイントが灰で動かなくなり2日間電車の運行が止まった
(2012年5月26日・山村撮影・鹿児島中央駅にて)

鹿児島中央駅前ロータリーに降った灰(2012年5月26日・山村撮影) 

鹿児島市内(2012年5月26日・山村撮影・鹿児島市与次郎1丁目付近)

鹿児島市内の克灰袋(2012年5月26日・山村撮影・与次郎浜)

噴石などを避けるための退避壕(2012年5月26日・山村撮影・桜島有村展望台)

退避壕(2012年5月26日・山村撮影・国道224号線沿い)

退避壕(2012年5月26日・山村撮影・国道224号線沿い)


桜島の墓地には屋根が架けられている(2012年5月26日・山村撮影・赤水地区)

桜島の河川はほとんどが水無し川・山野に降った灰が降雨によって土石流に備えている
(手前に張られた3本の線がセンサー、切れると警報と監視カメラが作動する)
(2012年5月26日・山村撮影・黒神付近)

桜島大正の大噴火(1914〜1915年)
大隅半島の牛根付近から見た瀬戸海峡。海峡を埋め立てた溶岩流が海水と接触し
盛んに水蒸気を上げている。鍋山付近の火口と後方山腹から噴煙上昇
(大正3年(1914年)4月中旬撮影・提供:国立科学博物館)
大正の噴火前日に238回の大地震発生後、大規模な噴火により大量の溶岩を噴出
当時、大隅半島と桜島は、深さ70m、幅400mの瀬戸海峡で隔てられていて、桜島は錦江湾に浮かぶ島であった
しかし、大正の大噴火により海峡に大量の溶岩が流れ込み、大隅半島と地続きになって今日に至っている。

☆桜島火山大正の噴火
★@、1914年1月12日午前10時過ぎに火砕噴火が始まった。東西山腹共に10000m以上の高さまでプリニー式噴煙柱が上がり、降下軽石をもたらせた。噴煙柱の根本では大量の火砕物降下があった。小規模な火砕流が複数回流下した。
★A、1914年1月中旬から下旬、東西山腹とも数週間にわたって複数の火口で爆発的噴火が頻発し、溶岩が溢流した。規模の大きな爆発的噴火では数千メートル迄噴煙が上がり、多量の降灰をもたらせた。
★B1914年2月からは東側山腹からの噴火が主流となる。穏やかな溶岩溢流が主となった。爆発的噴火はが断続するもその頻度は経過とともに少なくなっていく。それでも溶岩噴出は1915年秋まで続いたものとみられている。
大正3年(1914年)の桜島大正の大噴火(大正3年(1914年)2月頃撮影・提供:国立科学博物館)

大正3年(1914年)の桜島大噴火で埋まった黒神神社の埋没鳥居(桜島・黒神地区)
下は埋没鳥居の説明ず(灰は2m積もった)

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