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JR福知山線脱線事故の教訓

  
 「仁愛」「福徳」の緑十字
 今でこそ「安全第一」という言葉は、人間の尊厳を保障する全産業共通テーマであり、安全のシンボルとして緑十字マークと共に定着している。しかし、ここに至るまでには「人命軽視」「利益優先」「人権無視」との長い戦いの歴史があった。
 大正3年(1914年)三菱方城炭鉱ガス爆発で687名が死亡するなど労働災害事故多発を受け、大正8年(1919年)5月4日から7月10日まで、日本初の災害事故撲滅を目的とした「災害防止展覧会」が東京教育博物館で開催される。後に日本の「災害防止・安全の父」とよばれる蒲生俊文氏は初日の記念講演会で、米国セントルイス市の安全週間の実施状況を紹介しわが国も同様のキャンペーンを展開することによって、安全思想の普及徹底を図るべきと呼びかけた。この呼びかけが契機となり、5月29日東京教育博物館で、官界・教育界・実業界・婦人団体の指導者約300人が参加して発起人会が開かれることになる。そして、6月15日(日)から同月21日(土)までの1週間を”安全週間”と定めた。
 この発起人会で大きな議題となったのは、安全週間のシンボルマークの設定であった。会議には二案が提出された。一つは青地に白線二本を引いたもの、他の一つは「緑十字」であった。前者は棚橋源太郎氏、後者は蒲生俊氏自身の提案であった。蒲生氏は、西洋で仁愛、東洋では福徳の集まるところを意味する緑十字が良いと説明。緑としたのは、当時全米安全会議(NSC)は災害防止運動のシンボルマークとして青地に白十字を使っており、また日本では既に赤十字運動が推進され赤十字は使用できず、結核予防運動では白十字が使用されていた。論議の結果「緑十字」が採用され安全週間のシンボルマークに決定する。この特別展覧会を契機として、「中央災害防止協会」その後の「日本安全協会」が設立される。以来緑十字マークは常に災害防止運動の先頭に立つことになる。その後、軍部台頭による「安全より生産奨励」策との確執、戦後の失業時代には「人命より仕事」との戦いが続いた。こうした86年間に及ぶ長い戦いを経て今日市民権を得、定着したかに見える緑十字の思想、それがバブル崩壊後危機に瀕しているのだ。
 全国の各事業所で毎日掲揚される「安全第一・緑十字旗」は、事故を、組織を、そして社員をどんな思いでみているのだろうか。人を慈しみ、命を大切にする「仁愛」。人道的、人間尊重の安全モラルと情愛によって得られる「福徳」。決して対岸の火事ではない、JR福知山線脱線事故の教訓を精査するとともに各事業所は緑十字の重さを再認識し、一人ひとりがもう一度誓いを新たにすべきではなかろうか。
防災・危機管理アドバイザー:山村武彦防災・危機管理講演

★「利益優先」せざるを得ない背景
 宝塚〜大阪間を以前は所要時間41分でしたが、事故当時JR西日本になって23分となった。さらに最近快速電車は従来通過していた中山寺駅にも停車するようになったが、それでも宝塚〜尼崎間の所要時間は通過していた時刻表のままであった。それだけスピードを上げて走行していたということでもある。伊丹、猪名寺、塚口までは比較的直線で事故現場とその後の尼崎駅手前は急カーブが続く。つまり、スピードが出せる範囲は限られているところで遅延を取り戻すのは至難の業と思える。
 ここは私鉄と熾烈な乗客獲得競争を繰り広げている路線である。阪急だと宝塚〜大阪間が270円。JRは320円とJRのほうが50円高い。それを補うためにJRが「売り」にしたのが「阪急より7分早い」であった。福知山線沿線は住宅地域と工場地帯である。左図の時刻表にあるように朝は通勤通学ラッシュがピークに達する。8時〜9時の一時間で下り線だけでも16本の電車が通過する超過密ダイヤである。事故を起こした9時〜10時間にも12本が通過し上下線で1時間に実に24本〜32本の電車が通る路線である。平均2分30秒に一度の割合となる。そこで1分の遅れはダイヤの乱れとして致命傷となる。今期西日本旅客鉄道株式会社は過去最高利益を記録した。結果論だが、その利益を新型列車自動停止装置(ATS-P)設置にあてていればこの事故は防げたのではないだろうか。しかし、同社だけの責任を追及するだけでなく、民営化を含む様々な要因で利益優先をせざるを得なかった事業経過、社会背景にも我々は目を向ける必要があるかもしれない。

安全は企業風土
 昔の日本には「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があった。しかし、今や日本では死語となりつつあり、むしろ米国企業の危機管理で生かされている。ひとつの大事故(アクシデント)が発生する前に、29以上の小事故(インシデント)が発生し、その小事故が起こる前に小事故に至らないニアミスや小さなトラブルが300は発生しているというハインリッヒの法則が基準になっている。
 つまり大事故を回避するためには小さなニアミスやトラブルを撲滅することが危機管理の原点としているのである。ミスを犯した本人がミスを自己申告し易くする企業風土が重要。ミスを犯した本人が報告した場合、それを咎めるのではなく「よく報告してくれた」と評価するシステムである。そのミスを公開し共有財産とすることが大事故を防ぐ最大の手段であることを皆知っている。安全は与えられるものでなく勝ち取るものであり、その努力を惜しまない企業こそ好感度企業として社会的にも評価されている。

リーダーの危機管理対応
 昔リーダーといわれる人に共通していたことは、事に至ったときはとりあえず閉門・蟄居謹慎し、潔く出処進退を明確にすることであった。それは武士道と呼ばれたが、その精神は武士だけではなく人の上にたつすべての日本人のスピリットとなっていた。いざっというときに「責任転嫁」「潔くない行動・行為」など、卑怯の振舞いは武士道不心得(不覚)として蔑まれ、それを自分で自覚しないことをも「恥」とした。いったん問題が発生すれば一身にその責任を進んで負うこともあった。弱いものを労わることや、相手の気持ちを忖度し慮る惻隠の情を持つことも武士道(モラル)であった。武士だからといって絶対服従ではなく、もし、主君に非道の振舞いがあれば死を賭して諫言することもあった。非道を見過ごしたとあっては藩の恥となり、さらには自分自身の恥であり潔しとしない。危機を予見し回避するため、必要な目配りをするのがリーダーであり、それでも問題を発生させたらとしたら、責任をきちんと取るのがリーダーである。

参考資料
列車自動停止装置(ATS:Automatic Train Stop)
 列車の脱線防止対策の安全装置は主に三種類ある。脱線したJR福知山線には列車自動停止装置(ATS)が付いていたが、これは旧国鉄時のもので国内の安全装置としてはきわめて旧型で信号機に反応して作動するもの。信号が赤にもかかわらず列車が停車しない場合警報を発し即座に非常ブレーキがかかるもの。しかし、スピードオーバーなどまでは監視していない。JR各社で設置されているATSは呼称が異なるが互換性がある。JR東日本はSN、JR北海道はSN、JR東海はST、JR西日本はSW(車体表記はS)、JR四国はSS、JR九州はSK、JR貨物はSFと呼ばれているがすべて同じ性能である。
新型列車自動停止装置(ATS-P型:Automatic Train Stop-Patarn Type)
 線路近くに設置されたセンサーから電気信号を受信した列車は、赤信号やカーブなどの速度制限までの距離に応じ、列車を停止させたり減速するパターンを認識し記憶していて、そのパターン速度を超えた場合列車を停止させたり減速させたりする機能を持っている。それにより自動的に常時速度補正動作などができるため安全性は飛躍的に高まり、脱線事故防止に役立つとされている。JR東日本のATC導入線区を除く首都圏地域や、JR西日本の大阪環状線阪和線天王寺駅日根野駅間)・大和路線関西本線加茂駅JR難波駅間)・JR東西線、第三セクターの智頭急行智頭線北越急行ほくほく線で使用されている。
 列車自動停止装置ATS-P型は、列車同士の追突防止、スピード調整(一定のスピードを超えると自動的に減速するようになっている)などができる優れもので、カーブにおけるスピードも自動的にスピードを感知して自動的に制御するので、この装置が付いていれば今回の事故は発生しなかったと見られている。
列車自動制御装置(ATC:Automatic Train Contorole)
 自動列車制御装置(ATC)は、ATC地上装置、ATC/TDループ等の地上設備とATC/TD車上装置、運転台機器(車内信号機、スイッチ、表示灯類)、ATC/TDアンテナ、速度発電機等の車上装置から構成されています。
 軌道桁の上部両肩に埋設されたATC/TDループに地上からATC信号を送信し、それを車上にあるATC/TDアンテナで受信し、車上の自動列車制御装置に情報を与え、車内信号機に現示するとともに、列車の速度を監視確認し、列車速度が制限速度信号を上回ると自動的にブレーキ動作を行い、安全運転を確保する。ATCを日本で最初に採用した鉄道は、1964年に開業した東海道新幹線である。新幹線は最高速度210km/hでの営業運転を行うにあたり、高い安全性を備えた運転保安システムが要求された。高速運転中は地上に設置された信号機では事前確認する事が極めて困難である。また、高速走行中に運転士が異常や錯誤に気づいて非常ブレーキをかけても完全に停止するまでには数kmの距離を要する。当時在来線で採用されていたATSのように、異常事態が発生してから動作するというバックアップ装置では、高速走行かつ安全な運行を行うためには極めて不十分なシステムであった。以上の理由により、車内信号方式(CS-ATC:CabSignal-ATC)による速度信号監視を行い、危険な速度で運転されている場合には自動的に速度を安全スピード以下に減速させるシステムとなった。これがATCの開発・設計の基本理念となっている。私鉄や地下鉄各線などにはすでに全線で採用されている。